<世田谷物語>ー(9)大卒50周年の集い

 世田谷の自宅から駒沢公園へ午前のウオーキングをしながらヒロシは考え  た。[定年は通過点にすぎない]という前向きな姿勢は立派だ。

 だがそこから何処へ行くのか、その目標のはっきりしている人は少ないのではないか。「それは定年になってから考える」では遅い場合が多いのだ。

 いづれにせよ定年は節目であり、自分が過去のある時点で描いた自分の未来像と較べる良い機会になる筈だ。ヒロシが60歳の定年後の目標を意識したのは57歳の時であった。

 それまでは、退職金と年金を元にしてどう生計を立てるかという経済面のやり繰り算段ぐらいであった。その種のビジネス書は、「45歳から始める金持ち老後」などの入門書の類をあまた読んだが解答などない。

 インターネットで株式・投信・公債などの資産運用を始めたのもその頃だった。これらは当初上手くいっていたが、のちに2008年のリーマンショックで大幅に減損した。いづれにせよ資産運用はやりくりの手段であり人生の目標にはなり得ない。

 ヒロシの場合、運よく60歳の定年と同時に個人の有限会社が設立できた。役員は自分と妻の二人、社員ゼロのワンマンオフィスながら

銀座に事務所を開いた。それは現役時代の取引先の後押しのお蔭であった。

 それでも、有り余る時間を持て余し、OB会や同期会の幹事を引き受けた。大学同期の仲間とは読書会も始めた。週2ー3回のスポーツクラブと散歩で運動不足を補った。友人の勧めと指導で卓球の教室にも通い始めた。

 こうして定年後も世田谷の自宅から13年間通勤したが、14年目に会社の登記を抹消して税務署に廃業届を提出した。

 その直接の契機は台湾のパートナーの病死により取引が先細りになった事であり、相前後して銀座の事務所ビルが建て替えとなった事だ。

 自宅に撤去して通勤しなくなると、途端に日常の景色が激変した。

 その時、このままでは「定年呆け」になって終う、との強い危機感を覚えた。

 まだ73歳であった。

 まだ「先は長い」と思った。呆けるには若すぎる。

 いま一度人生100歳という登山なら7合目で立止まって、来し方を俯瞰し頂上を仰ぎ見る時であろうと自覚を改にした。

 視界が不良であれば晴れるまで待 てばよい。体力的に病んでいれば治療に専念すればよい。

 もし未だこの先に目指す「目標」が持てれば頑張り方を工夫せねばならない。

 そんな思いをしていたヒロシに名古屋の大村から連絡が入った。

「久し振りに同期の全員集合をやろう」という呼び掛けだった。ヒロシは、

「またかよ」とうんざりしながらも、いいタイミングかもな、と思い直してすぐに応諾した。

「来年は俺たち卆50周年だから、節目としては絶好かもな」と返信メールした。

 ヒロシはちょうど大学OB会の幹事として「卆50周年生」を総会に呼び込む企画をしていたからである。だがメールを発信してから、

「しまった、また世話役の仕事が増えるな」というもう一人の自分もいたが、まあいつもの事だとヒロシは自らを笑うしかなかった。

「俺は損な性分だな」と、世話役を引き受けてから思わんでもないが、いつも自分でやりたい気持ちの方が勝ってしまう。それが生甲斐の一つになっているのかも知れないと諦めるしかない。

 それにしても、いつも言い出しっぺは大村だが幹事をしたことはない。幹事と世話役とを仰せつかるのはヒロシであった。

 ヒロシは常々

「世話役はするが同期会の幹事は皆で持回りにしよう」と言って来ている。

 そこで今回はいつも言い出しっぺのくせに幹事をやっていない大村にやらせよう、と計を案じた。

「関西・関東の合同は・・・第一回が京都で還暦祝い、二回目が沖縄ツアー、三回・四回目が宝塚で五回目が六甲山荘。だから今回は中部地区がいいかな。何処かひなびた温泉宿でゆっくりしたいな。どうだろう」と、大村に幹事役を振ってみた。

 と、意外にも、というか覚悟の上で電話して来たのか、

「温泉か、いいね。それなら奥三河にいくらでもあるから当たってみるよ」

 と請け負ってきた。

 ヒロシは瓢箪に駒であるが、もう後には引けなくなって世話役を仰せつかる破目になった。

 時期はあらかじめ、常連たちの都合を打診した末、若葉の5月として大村が温泉宿(奥三河湯谷温泉 「湯の風HAZU」)の手配をした。

 集合状態の首尾は上々で、東西併せて14名が豊橋に集合し、湯谷温泉へ向かった。

  

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仲良し2人組が別シートに

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    豊橋からJR飯田線に乗り換え奥三河湯谷温泉駅
         to  be  continued